研究成果

テルピネオールが作動記憶に関わる
脳領域の活動におよぼす影響

イノベーション研究センター 山岡 香央

POINT

  • ■記憶機能の一つである『作動記憶』と香りの関係について、脳という観点から研究を行いました。実験の結果、テルピネオールという香り成分には作動記憶に関わる脳領域の活動を高める効果があることを発見しました。

 高齢化が進む現代、大きな社会問題の一つになりつつある認知症の中核症状として、著しい記憶機能の低下が挙げられます。記憶機能は『香り』と密接な関係にあることが報告されていますが、両者の関係については未だ不明な点が多いのが現状です。さらに、記憶機能と香りの関係を示す多くの研究は、精油などの複数成分を用いており、直接効果を有する単一成分の存在は殆ど知られていません。そこで、当社では記憶機能の一つである『作動記憶※1』と香りの関係に着目し、作動記憶に関わる脳領域における香りの単一成分の効果について実験的検討を行いました。
 香り成分としては、先行研究より記憶機能の向上が期待された以下の成分を抽出しました。抽出した成分は、ティーツリー油に含まれるテルピネオールと、ローズマリー油に含まれるカンファーと、ユーカリ油に含まれる1,8シネオールの3成分です。これらの成分を、無臭対象としたジプロピレングリコールで同程度の刺激強度となるよう、濃度を調整しました。
 本試験には、20名の健康な男女が参加しました(平均36±6歳、女性12名)。参加者に課題を実施してもらいながら、光トポグラフィ装置※2を用いて前頭前野※3の活動を測定しました。※図1 課題では、モニター上に①〜⑨の数字を一つ提示し、その後記号を提示することを繰り返しました。参加者には、提示される数字について「2つ前の数字が偶数であった『③』」の場合にボタンを押すように教示しました。※図2 この課題は、作動記憶の課題として広く使用されています。

 課題では、反応時間、正反応数(正しくボタンを押した回数)、誤反応数(誤ってボタンを押した回数)と、無反応数(ボタンを押しそびれた回数)を算出しました。※表1 香りの成分が作動記憶の成績に及ぼす影響を検討するため、それぞれについて香り成分(テルピネオール、カンファー、1,8シネオール、ジプロピレングリコール)間で分析を行いました。分析の結果、カンファー吸入時は、ジプロピレングリコール吸入時よりも成績が低かったことが示されました。

 一方、脳活動に関しては、脳血流の変化量として血流内のオキシヘモグロビン濃度を測定しました。分析時には、香り成分の効果は時間の経過に伴い変化することが知られている為、全課題時間(300s)を60s毎の5つの時間枠に分けて行いました。※図3

 分析の結果、Ch18の240-300s時間枠において、テルピネオール吸入時の方が、カンファーとジプロピレングリコール吸入時よりもオキシヘモグロビン濃度が高い傾向が見られました。※図4 ※図5 また、Ch25の240-300sにおいては、テルピネオール吸入時の方が、1,8シネオール吸入時よりもオキシヘモグロビン濃度が高くなっていました。※図4 ※図6 Ch18とCh25は、背外側前頭前野※4と前頭極※5に含まれる領域であり、作動記憶や目標の維持などに関わる脳領域であると考えられています。これらの結果は、テルピネオールには作動記憶を高める機能がある可能性を示唆するものであり、将来的に認知症予防の貢献にも繋がると考えられます。

 本研究の目的は、作動記憶に関わる脳領域における香りの単一成分の効果について実験的検討を行うことでした。本試験の結果、テルピネオールには作動記憶に関わる脳領域の活動を高める効果があることを発見しました。この度得られた結果は、将来的には現在大きな社会問題となっている認知症予防へ繋げることが可能であると考えられます。

用語解説

※1 作動記憶

必要な情報を頭の中に一時的に保持しながら、同時に他の情報処理をする際に必要となる記憶機能であり、日常生活を円滑に送る為には極めて重要な心的機能

※2 光トポグラフィ装置

大脳皮質の血中ヘモグロビン濃度変化を計測し、脳活動を可視化する装置

※3 前頭前野

脳の前部の領域を示す

※4 背外側前頭前野

前頭前野の上、外側の領域にあたる

※5 前頭極

前頭前野の最前方の領域にあたる

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