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心理社会的ストレスと腸内細菌の関係性における新知見
腸内環境を整えることがストレス対策につながる可能性に!

2023年3月2日PDF版はこちら

 株式会社ファンケルは、ストレスが心と身体の健康に及ぼす影響に関する研究を進めています。本研究では健康な人を対象に、心理社会的ストレス※1を感じている際の脳におけるストレス反応と腸内細菌※2の関連について、さまざまな測定と分析をしました。その結果、脳のストレス反応と腸内細菌には関連があり、ストレス反応が高い人ほど、腸内細菌のバランスがうつ病患者のそれと部分的に類似していることが確認されました。これらの結果から、うつ病などの精神疾患がなくとも腸内細菌が心理社会的ストレスに対する脆弱性と関連している可能性が示唆されました。

 なお、本研究については、2022年8月に国際学術誌“Neurobiology of Stress”に掲載されました。 Yamaoka, K., Uotsu, N., & Hoshino, E. (2022). Relationship between psychosocial stress-induced prefrontal cortex activity and gut microbiota in healthy Participants—A functional near-infrared spectroscopy study. Neurobiology of Stress, 20(C). doi:10.1016/j.ynstr.2022.100479

 健康な人での心理社会的ストレスに関わる脳活動と腸内細菌の関係性について、これまで研究報告はなく、今回の本研究が初めての報告となります。この研究成果は、うつ病などの精神疾患を含むストレス関連疾患の早期発見や、腸内環境へのアプローチによる日常的なストレスの緩和、さらにはストレス関連疾患予防の貢献につながると考えています。今後もこれらの成果を生かした新たなサービスや製品開発につながる研究を続けてまいります。

脳活動、心拍数、主観的ストレスの測定結果

 25歳から45歳の健康な右利きの男性60人を対象とし、以下に示す3種類の実験条件を設定し、それらを行っている間の脳活動と心拍数を測定しました。脳活動は、光トポグラフィ装置※3を用いて酸化ヘモグロビン(oxy-Hb)濃度変化量※4を測定、心拍数は、生体信号収録装置※5を用いて測定しました。さらに、各実験条件を行った後に「どのくらいストレスを感じたか」といった主観的ストレスも測定しました。

【測定結果】
 脳活動を測定したところ、ストレス条件で心理社会的ストレスやネガティブな感情と関連があると報告されている脳領域(右前頭前野背外側部※6、前頭極※7、右下側頭回/三角部※8において、有意な活動の上昇が見られました(次ページ図1、赤枠部分)。
*3種類の実験条件
①レスト条件:                 PCの画面を見ているだけ
②非ストレス条件:            心理社会的ストレスをかけずに暗算を行う
③ストレス条件:              心理社会的ストレス(時間制限などを含む)をかけられた状態で暗算を行う

図1 各条件での課題中の脳活動
(oxy-Hb濃度変化量)
ストレス条件では、ストレスやネガティブな感情と関連のある脳領域(赤枠部分)の活動変化が高く、活動の上昇が見られました。

 暗算の成績は、ストレス条件の方が非ストレス条件よりも有意に悪かったことが分かりました。また心拍数(図2)と主観的ストレス(図3)の測定結果については、共に、ストレス条件>非ストレス条件>レスト条件の順に、心拍数や主観的ストレスが有意に高かったことを確認しました。

図2 心拍数/分(bpm)
ストレスの負荷によって心拍数が増加した
(エラーバー = ±1標準誤差)

図3 主観的ストレス(VAS)
ストレスの負荷によって主観的ストレスが増加した
(エラーバー = ±1標準誤差)

 これらの結果から、暗算時の時間制限などを含むストレス条件では、心理社会的ストレスが生じていたことが確認されました。

腸内細菌の分析と結果

 測定の前日または当日に採取した便から腸内細菌を分析したところ、大変興味深い結果が得られました。本測定の結果より、心理社会的ストレスに関連する脳活動が高い人(ストレスを感じやすい人)ほど、腸内細菌の中でProteobacteria(図4)の占有率※9が有意に高く、Firmicutes(図5)の占有率が有意に低いことが分かりました。この傾向は、ストレスに対して脆弱であるうつ病患者の腸内細菌のバランスと類似しています。

 さらに細かく確認した結果、ストレス条件時に脳活動が高い人ほどSutterellaAlistipesClostridium IV の占有率が有意に高く、FaecalibacteriumClostridium XIBlautiaの占有率が有意に低いことが分かりました。特にFaecalibacteriumはうつ病患者の中でも、症状が高い人ほど少ない腸内細菌として知られています。

 これらの結果から、心理社会的ストレスと腸内細菌の間に関連があり、心理社会的ストレスを感じやすい人ほど、うつ病患者と腸内細菌のバランスが部分的に似ている可能性が示唆されました。

図4 右前頭前野背外側部における心理社会的ストレス反応とProteobacteria占有率の関係
うつ病患者で多いProteobacteriaは、ストレスを感じやすい人ほど多いという結果が得られました。

図5 右前頭前野背外側部における心理社会的ストレス反応とFirmicutes占有率の関係
うつ病患者で少ないFirmicutesは、ストレスを感じやすい人ほど少ないという結果が得られました。

<研究背景・目的>

 心理社会的ストレスは、2019年以降新型コロナウイルス感染症の拡大により増加傾向にあります。ストレスの慢性化はうつ病や不安障害などにつながることが知られていますが、ストレスとの関連が特に強いうつ病は年々増加しているものの治療の効果が現れにくく、予防的観点からのアプローチが重要であると考えられています。

 ストレスを感じているときに腹痛など胃腸の不調を感じやすい人が多いように、脳と腸と腸内細菌はお互いに関係が強く、心理社会的ストレスに影響を及ぼすことが知られています。しかし、ストレスに関わる脳機能と腸内細菌に関する研究は、うつ病患者を対象としたものが多く、健常者についてはあまり知られていませんでした。しかし健康な人の間でもストレスの感じ方には個人差があることから、健常者におけるストレスと脳と腸内細菌の関係を検討することは、ストレスに関連のある疾患予防につながると考えました。

 そこで本研究では、うつ病との関連が強い心理社会的ストレスと、それに関わる脳活動について、健康な男性を対象に前頭葉における心理社会的ストレス反応と腸内細菌の関係を検討しました。

 

【用語説明】
※1 心理社会的ストレス:
社会的評価、社会的排除などを含む、社会的脅威に晒された状況で生じるストレス。

※2 腸内細菌:
ヒトや動物の腸内部に生息している細菌。1,000種類、100兆個の細菌が生息していることが知られている。

※3 光トポグラフィ装置:
光ファイバーを装着したキャップを被り、光を頭皮から照射・検出することによって、痛みや苦痛などなく脳の働きを見ることができる装置。脳活動に伴うヘモグロビン濃度変化を測定する(※4参照)。

※4 酸化ヘモグロビン(oxy-Hb)濃度変化量:
光トポグラフィ装置(※3)による計測は脳の局所ヘモグロビン濃度(Hb)を用いて行う。活動神経近傍の組織では、血液の酸化状態(酸化ヘモグロビン濃度(oxy-Hb)と脱酸化ヘモグロビン濃度(deoxy–Hb)の比率)が変化すると仮定されていることから、この指標は間接的な脳機能の指標として用いられる。

※5 生体信号収録装置:
心電、脳波、筋電などの生体信号を測定できる装置。

※6 右前頭前野背外側部:
心理社会的ストレスによって活動し、ストレス反応における情動処理に重要な領域 (Dedovic et al., 2009)。

※7 前頭極:
ストレス負荷による心拍数や、コルチゾール分泌促進と関係がある脳領域 (Wang et al., 2005)。

※8 右下側頭回/三角部:
ネガティブ状態の処理や制御、主観的経験の処理に関与している脳領域 (Kogler et al., 2015)。

※9 (腸内細菌の)占有率:
特定の腸内細菌が全体の中でどれくらいの割合を占めているかを示す比率。

 

本件に関する報道関係者の皆様からのお問合せ先

株式会社ファンケル 広報部 陣内真紀 TEL:045-226-1230 FAX:045-226-1202 / http://www.fancl.jp/laboratory/