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専門家のお話しを聞く

Vol.02

老化を治せる時代がくる?
~老化細胞と未来の医療~
順天堂大学医学部循環器内科 南野 徹先生に聞く

2026年2月時点

「老化は治療できるかもしれない」そんな未来に向けて研究を続ける医師に、
老化細胞とは何か、そして最新の研究についてお話を伺いました。

老化研究に取り組むことになったきっかけについて教えてください。

患者さんとの出会いから始まった“老化研究”への道

後期研修医のときに、「家族性心筋症」という、遺伝が関わる心臓の筋肉の病気の患者さんに出会ったことが、遺伝学に興味を持つ大きなきっかけになりました。さらにその学びを深めたいと思い、分子生物学を学びながら動脈硬化の研究で学位を取得しました。ちょうどその頃、細胞の寿命に関わる「テロメア」の研究が、がん治療の分野で注目され始めていました。テロメアが保たれることで細胞の老化が抑えられるという考え方に触れ、「老化」という現象そのものに強い興味を持つようになりました。そして、循環器疾患の背景に細胞レベルの変化、つまり「細胞老化」が関わっているのではないかと考えるようになりました。当時、このような考え方はまだ一般的でなく、学会や論文でも理解を得るのが難しい状況でした。それでも、「この分野は将来、必ず重要になる」と信じ、研究を続けてきました。

  • *テロメア…テロメアは、染色体の端にある部分で、細胞の遺伝情報を守る役割をしています。細胞が分裂するたびに少しずつ短くなり、一定の長さになると細胞は分裂できなくなります。
    このため、テロメアは「細胞の寿命」に関わる重要な仕組みだと考えられています。

細胞老化とはどのような現象なのでしょうか?

細胞分裂の“停止”から始まった細胞老化研究

細胞老化は、1960年代に培養細胞の研究において、「細胞の分裂回数が限界に達し、分裂を停止する現象」として見つかり、これが細胞老化(Cellular Senescence)の原点です。この「細胞老化」の現象により、分裂を停止した細胞が老化細胞です。生体内の老化細胞はテロメアの短縮だけが要因ではなく、DNAの損傷によっても分裂を停止します。その後の研究で、細胞老化は、細胞ががん化しないように“ブレーキ”として働く防御反応であることが分かってきました。2000年以降の細胞老化の研究の中で、ヒトの体には老化細胞が存在し、これらが増えると動脈硬化などの加齢関連疾患につながることが様々な研究の中で分かってきました。つまり、老化細胞はがんを防ぐ一方で、増えすぎると病気を引き起こす要因になることが、明らかになってきています。

「老化細胞」はどのような細胞なのでしょうか?

加齢とともに老化細胞が蓄積する“二つの理由”

老化細胞が生まれる主な要因は、DNAの損傷です。紫外線・酸化ストレス・メタボなどの負荷により細胞のDNAに傷がつくと、細胞はがん化しやすくなります。そこで細胞は、自ら分裂を停止することで、がん化を防ぎます。通常は、免疫細胞が老化細胞を取り除きますが、加齢とともに免疫力が低下するため、取り除くスピードが追いつかなくなります。さらに、加齢とともに、老化細胞が生まれるスピード自体も速くなるため、結果として、老化細胞が蓄積しやすくなると考えられます。

老化細胞の蓄積は加齢関連疾患の要因

老化細胞は、「SASP」という炎症物質を出し、免疫系を活性化して、自分を除去しようとします。しかし、除去がうまくされないと、SASPが持続的に分泌され、組織で慢性炎症(炎症が長く続く状態)が起こります。それらが、動脈硬化や糖尿病や認知症などの加齢関連疾患(年齢とともに起こりやすい病気)の要因となってしまいます。

ー 正常な細胞

細胞分裂により成長や修復を行う。細胞老化により分裂が停止すると、自ら死んで壊れる細胞死(アポトーシス)を起こすか、免疫細胞に食べられて体内から消失し、新しい細胞に置き換わる。

ー 老化細胞 ー

細胞老化により分裂が停止した細胞。本来の働きは失われているが、体内に蓄積し続けて老化促進物質を分泌(SASP)し、組織や臓器の機能を低下させる。

  • *細胞…生物における基本的な構成要素。体の構造をつくる・食物から栄養素を取り込む・栄養素をエネルギーに変換するなどさまざまな役割を担う。
  • *SASP…Senescence-associated secretory phenotype

老化細胞除去研究における現状について教えてください。

老化細胞治療の実用化に向けた動き

日本の老化研究は、世界の中でも比較的進んでいる国の一つです。多くの日本人研究者がこの分野に参入しており、老化細胞を減らす治療を目指した研究も着実に進みつつあります。すでに臨床応用に向けた取り組みが始まっているものもあり、世界的にこの分野の研究競争はさらに激しさを増しています。

老化細胞除去に向けた開発で困難な点は何ですか?

老化は“病気”として分類されていない

現在の医療制度では、「老化」は病気として分類されていません。そのため、老化そのものを予防する治療は、保険適用の対象外です。したがって、臨床研究も特定の病名がついた“疾患”に対する治療として進めるという状況にあります。まずは特定の“疾患”に対しての効果を示し、その積み重ねにより、将来的に「老化そのものを治療する」という未来につながっていくと考えています。

体の中の老化細胞の状態を直接確認する手段が不足

がんの場合は、PETやCT、胃カメラなどで状態を直接確認することができますが、老化細胞については、体のどこにどれだけ存在し、治療でどう変化したのかを直接検証する手段がまだ確立されていません。しっかりと効果を検証することができるように、現在、この分野の研究に取り組んでおり、研究が発展していくことを期待しています。

老化を治療できる可能性や今後の展望について教えてください。

老化に挑むワクチン研究と健康寿命延伸への期待

老化を遅らせたり、改善したりすることができれば、認知症や、動脈硬化、心不全などの発症リスクを減らせる可能性があります。現在、私たちの研究グループでは、老化細胞を除去するワクチンの開発を進めており、加齢関連疾患の予防・治療に役立てたいと考えています。しっかりと有効性を臨床的に証明することが重要で、それによって「老化を治す・予防する」という未来の現実性を高めると期待しています。たとえば、病気の兆候が見られた段階でワクチンを接種することで、その他の加齢性疾患の発症を抑えられる可能性もあります。老化細胞を減らせれば、さまざまな病気の発症が抑えられ、介護が必要になる期間を短くし、健康寿命の延伸にもつながると考えています。

「老化を治す」ことで健康寿命はどう変わると思いますか?

病気の根本にある“老化”へのアプローチ

老化は多くの病気の根本要因であるため、老化の進行を抑えることで、複数の疾患の発症を遅らせたり、抑制したりできる可能性があります。結果として、病気を発症せずに、老衰で亡くなる方が増えるという未来も考えられます。実際、医療技術が発展するにつれ、老衰が増えてきています。個々の病気に対処するのではなく、老化そのものにアプローチする医療へ進むことで、健康寿命がさらに伸びる可能性があると期待しています。

老化を遅らせるために、日々の生活で意識したほうがよいことはありますか?

腹八分目の食事 × 運動で、老化を遅らせる

腹八分目の食事は、健康のためにとても重要です。特に、夜遅くに食べすぎないことがポイントです。朝・昼はしっかり食べ、夜は軽めにすることで、夜間に適度な“空腹”になる時間が生まれます。このような状態は体の調子を整えるうえで、良い影響があると考えられています。最近の研究では、夜に適度な空腹状態をつくることや運動が老化細胞を減らす働きにつながる可能性があることも分かってきました。まずは週に数回、腹八分目を意識しながら、有酸素運動(ウォーキングなど)と無酸素運動(筋トレなど)の両方を取り入れることが理想です。まさに、「食事と運動に勝る薬はない」ということです。

老化との向き合い方についてメッセージをお願いします。

健康のために「やりたいことを続ける」ことは大切ですが、それ自体がストレスになる場合もあります。無理に続けようとすると逆効果になることがあるため、無理なく続けられるペースで取り組むことが大切です。また、糖尿病や動脈硬化などの病気と診断された場合、現在は非常に優れた薬が多くあります。自己判断や断片的な情報に振り回されず、医師の指導のもとで、薬を正しく使うことがとても重要です。食事や生活習慣の改善だけではコントロールが難しい場合には、薬を適切に服用することで、健康を守ることができます。そして、生活習慣と同じくらい大切なのが、自分の気持ちを前向きにしてくれる「ライフワーク」を持つことです。夢中になれることを早めに見つけられると、気持ちを若く保ち、生き方そのものが豊かになると思います。昔から「天命を知るのは50歳」と言われますが、早めに“自分の軸”になる“好きなこと”を見つけておくことが、心身の健康と豊かな人生につながるのではないかと思います。

南野 徹(みなみの とおる)先生

医学博士/順天堂大学大学院医学研究科
循環器内科教授

東京大学医学部第三内科にて、心血管領域の研究で学位を取得。ハーバード大学医学部研究員、千葉大学や新潟大学での要職を経て、2020年より現職。専門は循環器内科学と老化制御学。ベルツ賞、日本循環器学会佐藤賞など受賞歴多数で、日本抗加齢医学会理事など多くの学会役職を務める。30年ほど前から細胞老化研究に取り組み、現在は老化細胞を標的とした抗老化治療の開発を先導している。