BEAUTY1120年超の角層研究
AIの融合による進化と、パーソナルカウンセリングへの応用
~「正解をつくっていく」技術と意志を引き継ぐ研究者たち~

日本初のAIパーソナル角層解析

  • ビューティサイエンス研究センター東ヶ崎 健
  • 安全性品質研究センター高橋 美奈子

2023年5月時点

2015年に開始した旗艦店内の実験室で研究員がタンパク質を抽出し解析する皮膚のカウンセリングサービス。新たにAI技術を応用することで、全国の店舗で、より短時間、無料での提供に進化しました。研究員たちがぎりぎりまでこだわったのは、科学的な結果をお客様にわかりやすく伝えること。

社内外の多くの人たちの協力で作り上げたAI角層カウンセリング実現までの道のりを、AIによる角層解析技術を開発し国際学会でも発表した東ヶ崎研究員と、店頭カウンセリングへの実用化をともに進めた高橋研究員に、様々な課題解決のための泥臭い試行錯誤を話してもらいました。

角層細胞からわかること

角層は皮膚の内部で誕生した細胞が約1カ月かけて皮膚の表層に移動しながら代謝した細胞です。角層細胞には細胞が持っている遺伝的要素と、代謝過程における影響が反映されています。そのため、角層細胞には一般的な肌測定では得られない生理情報が得られる可能性が秘められています。

しかし、ヒトの目ではなかなかそれを読み取ることは難しいため、今回AIによる画像解析技術を応用した解析方法を開発しました。想像以上にいろいろなことがわかるということが発見でき、本カウンセリングサービスではお客様のその時々にあったスキンケアや将来の肌悩みを未然に防ぐための効果的なケアもお伝えできます。

ファンケルは、約20年以上前から、無添加アンチストレス研究を進める中で 角層に着目した研究を続けており、私も先輩社員から引き継いで日々技術が進化するよう研究を行っています。

AI技術の着想と実用化への挑戦

旗艦店で始まった角層を使ったカウンセリングを全国の店舗への拡大を目指す中で、自分が実際に店頭に立っていたときに感じていたこと、たとえば店舗スタッフが接客中に水などの液体を扱うのはむずかしいということ、解析結果がでるまでの時間もお客様が「待たされている」と感じさせない工夫が必要だと考えていました。

課題解決への糸口を探すなかで、5年ほど前にファンケルに蓄積された角層サンプルの生化学的データをAIに機械学習させて、肌の状態を類推するAIモデルをつくれるのではという着想を得ました。採取した角層をその場で一から下処理し解析すると、お待たせする時間が長くコストもかかりますが、AIで推測できれば時間とコストの課題を解決できます。しかし当時はまだAIの活用は一般的ではなかったので、当然ながら実用化への心配の声もありました。そこで小さな規模での基礎研究を少しずつみ重ね、信頼を得るように進めていきました。協力してくれた仲間の研究員には本当に感謝しています。助けられました。

いくつものステップを経て最初のAIモデルが作成しました。しかしAIモデルを構成するプログラムやシステムというものは最初から完璧なものではありません。検証を繰り返して改良を重ねていくのですが、もうこれで大丈夫と思っても、思いがけないエラー、バグが発生することが良くあります。また、このシステムは、研究員が使用するのではなく、店舗でお客様のために使用いただくシステムです。より使いやすく、良いものにするためには、仕様変更、プログラム変更が必要なこともあります。エラーやバグでやり直しがわかった時は体の力が抜けましたが、 数々の修羅場をくぐり抜けてきた高橋さんをはじめとしたチームメンバーとスケジュールをにらみながら、「力技」で進めました。

研究員が「お店の中の実験室」で解析するカウンセリングが原点

角層AIカウンセリングの全国展開の前は、私たち研究員が銀座の旗艦店に交代で出社し、お店の中の実験室でお客様の角層からタンパク質を抽出して解析していました。自分たちの基礎研究がかたちになり、実際にお客様のカウンセリングが目の前で行われている。研究所に勤務している我々にとってこれはなかなか経験できないことです。非常にやりがいがあったのですが、測定に必要な設備や理系の知識やスキルを持つ人を全国の店舗へ展開することは難しいという課題がありました。

また、解析に1時間以上の時間がかかってしまうことも課題でした。より多くのお客様に手軽に利用いただけることを目指して、東ヶ崎さんは当初から操作性、時間、コストについてどうにかできないかと考えてくれていました。

「無料」で「全国の店舗でいつでも」に向けた取り組み。そしてコロナ禍

現状では、研究員が店頭でタンパク質を抽出し解析する仕組みでは全国展開は難しいため、店舗スタッフの皆さんがお客様と接客しながら、角層のタンパク質を測定する新しいカウンセリングの検討をテスト的に続けていました。
しかし、私たちの想像以上に、実際の多様な接客の流れの中では水をなどの液体を扱うことがむずかしく、不慣れな測定機器の操作をしながらのお客様とのコミュニケーションはハードルが高いことが見えてきました。じつは大きなターニングポイントとなったのは2020年新型コロナウィルスの流行です。店頭でお客様のお肌に触れるカウンセリングを中止せざるを得ない状況になり、角層からタンパク質を抽出せずにカウンセリングする方法はないか。その白羽の矢に立ったのが、東ヶ崎さんが開発を進めていたAIモデルでした。

2022年にwithコロナのフェーズになり、店頭でのカウンセリングが再開されることとなり、これを機に角層AIカウンセリングの実際の店舗環境での試験を開始しました。全国の店舗でも同じように測定ができるように、店舗の照明の影響や、重なり合う細胞にどのくらいの精度でピントを合わせるのか、など対応すべき事案が出てきました。そこで店舗のトレーニング部門の皆さんと協力して、マニュアルにはいつも以上に画像例を増やし、この画像は解析OK、この画像は解析NGなど、説明してお伝えする工夫をしました。

科学的な結果をお客様にわかりやすく伝えること

私たち研究員は解析結果について、お客様にご自分の肌を「正確に」ご理解いただこうとして、事実に基づいた皮膚生理学的な前提を述べ、解析結果からの現在の肌の状態の解説を詳細に作成しがちです。ところが店舗部門の担当者からは、「この文脈では、正しい結果なのはわかるけど、病気の説明を受けているようでこわい。私の肌は大丈夫なのか心配になる」と言われてしまい、私は「はっ」としました。担当者と一緒になって、カウンセリングを受けるお客様の気持ちの流れにそったご案内の順番、わかりやすい文言を目指しました。かなりのパターン数の文章を考えたので、店舗の担当者も私も途中泣きそうになりながら、お客様のことを考えて気を取りなおして何度もやり直したこともいい思い出です。

目の前のお客様のために妥協しない。技術とやりきる意志を引き継いだ

東ヶ崎研究員:ファンケルの角層研究は先輩研究員たちが20年以上にわたり行ってきました。私たちが受け継いだのは技術だけではなく、やるんだ、やりきるんだという意志も引き継いだと思っています。
スケジュールが厳しいなか、最後の最後で「こうしたらもっと良くなる」ということに、私と高橋さんでほぼ同時に気づいたことがありました。その時、高橋さんは「やらないと、でしょう!粘ります!」と率先して作業を始めましたね。

高橋研究員:お客様にとどけるサービスだと考えるとどうしても妥協はできない。どんな仕事でも進めていくなかで何らかのトラブルが起こると思います。これまで携わった他のカウンセリングでも様々ありました。その時先輩研究者達は、逃げずに自分事として問題を整理し、取捨選択し、建設的にアイデアを出し合って、後輩達を巻き込んで、とにかく進める姿を見せてくれました。その経験をしていなかったら、今回のことに対応できていなかったと思います。基礎研究はある意味で進め方に正解がない。自分たちで正解をつくっていかなくてはならないと思っています。

改めておもうのは、間違いなくひとりではできなかった。研究員だけではなく、店舗の担当者を含めたチームだからやり遂げられたと強く思います。そういう経験を後輩達に伝えていきたいですね

東ヶ崎研究員:最先端の技術なのに結局は、ひとが泥臭くつくっている。最初から道が決まっているわけではないので、自分で道を作っていかなくてはなりません。困った時に「どうしたらいいですか?」ではなくて、自分事として受け止めて、わからないことは勉強し、率先してすすめていると、まわりも助けてくれます。

「AIカウンセリングで得た知見を活かし、まだ明らかになっていない作用機序を明らかにすることで、皮膚生理学と無添加アンチストレス研究に寄与していきたい」という東ヶ崎研究員。「ファンケル化粧品は海外でも多くの方にご愛用いただいているので、多様な国でのカウンセリングの向上に取り組みたい」という高橋研究員。新しい前向きなメンバーたちが加入し、研究員たちの新しい挑戦はすでに始まっています!